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大阪地方裁判所 平成7年(わ)534号 判決

主文

被告人を禁錮八か月に処する。

未決勾留日数のうち一二〇日をこの刑に算入する。

この裁判の確定した日から三年間この刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、大阪府東大阪市役所市長公室参事兼秘書課長事務取扱の職にあった者であるが、当時同市役所市長公室長の職にあった大橋一郎、同市市長清水行雄を推薦し、支持する政治団体である「未来に翔く東大阪市民の会」の会計責任者の職務代行者である西尾健二、右清水行雄の私設秘書であり同政治団体の会計実務を担当していた亡辻井憲三、同政治団体の代表者である岡島朝太郎及び同政治団体の名義上の会計責任者である森本昌純と共謀の上、平成六年三月中旬ころ、同市稲葉一丁目一番一号の同市役所において、政治資金規正法(平成六年法律第四号による改正前のもの。以下、単に「政治資金規正法」という場合は右改正前のものをいう。)一二条一項の規定により、大阪府選挙管理委員会に提出すべき同政治団体の平成五年分の収支報告書を作成するにあたり、同報告書の同年分の収入額について、その実際額が五四六九万九五八八円であったにもかかわらず、これが二九九三万円であった旨虚偽の記入をして、これを同月二三日、大阪市中央区大手前二丁目一番二二号の大阪府選挙管理委員会に提出した。

(証拠の標目)省略

(争点に対する判断)

一  本件収支報告書の法適合性について

弁護人は、虚偽記入罪の客体となるべき政治団体の収支報告書は、その会計責任者がこれを作成し提出しなければならないところ、判示「未来に翔く東大阪市民の会」(以下「本件政治団体」という。)においては、政治団体設立届に単に名義だけを借りたにすぎない「会計責任者」(森本昌純)は存在するものの、政治資金規正法が所期するような実質的な「会計責任者」は設立当初より全く存在せず、同法所定の収支報告書の作成・提出もあり得ないから、判示提出にかかる収支報告書(以下「本件収支報告書」という。)は「収支報告書もどき」としか評価できないような無効のものであり、したがって本件においては虚偽記入罪の前提を欠くから、そもそも構成要件該当性が認められない旨主張する。

ところで、政治資金規正法が、政治団体の会計責任者に対し、政治資金の収支報告書の記載及び提出の義務を負わせ(一二条一項)、その懈怠に対しては刑罰を定める(二五条一項)一方で、同法二五条一項において、何人を問わず収支報告書に虚偽の記入をした者に対し刑罰を定めている所以は、右のような虚偽内容の収支報告書が選挙管理委員会等に提出されこれが公開されるようなことになると、当該政治団体の政治資金の収支に関し誤った情報が国民にもたらされることとなり、政治資金の運用を国民の不断の監視と批判の下に置くことにより政治団体の政治活動の公明と公正を確保しようとする同法の趣旨が没却される事態を招来することになるからであると解される。そうであるとすると、政治団体の会計責任者が、平素から会計帳簿の備付けや記帳等(同法九条)本来会計責任者としてなすべき実質的な会計業務を現実に遂行しているか否かを問わず(同法二四条により、その点の懈怠ゆえに会計責任者が処罰されるのは別論)、虚偽内容の収支報告書が右会計責任者の責任において選挙管理委員会等に提出されれば、前記のような本法の趣旨を没却する事態が招来されることに何ら違いはないのであって(むしろ、平素の会計業務がルーズにされていればいるほど、虚偽記入のなされる余地が大きくなり、収支に関する誤った情報が国民にもたらされる度合いも大きくなるとも言える。)、結局、会計責任者が名義上のものであるか否かは、虚偽記入罪における収支報告書の法適合性を左右する問題ではないと言うべきである。

そこで、このような見地から本件について検討を加えるに、前掲の関係証拠によれば、なるほど、本件政治団体の会計責任者森本昌純は、平素本件政治団体の会計実務には全く関与せず、これを判示西尾や辻井らに任せ切りにしていた事実が窺われるものの、他方では、〈1〉 森本は、本件政治団体の前身である政治団体「新しい東大阪をつくる会」(平成元年一二月実施の清水市長の最初の市長選挙の際に作られた政治団体)においても会計責任者をしており、この折りには文字通り会計の一切を同人が担当し、収支報告書も名実ともに同人が作成していたものであって、本件政治団体の会計責任者を引き受けるに当たっても(なお、平成五年九月九日の設立届提出時には、西尾らが森本の承諾を得ないまま勝手に同人の名前を「会計責任者」欄に記載してこれを提出したものであるが、その直後の同月一三日には、西尾は事後承諾の形で森本に会計責任者就任の了承を求め、同人もこれを追認するに至ったものである。)、会計責任者の義務と責任を自覚の上これに就任するに至ったものと推認されること、〈2〉 森本は、前記のとおり会計実務には全く関与しなかったとはいえ、少なくとも外形的には、平成五年一〇月九日の本件政治団体の決起大会においては多数の会員を前にして会計責任者として紹介されているほか、同年一一月二七日、同年一二月二八日、翌平成六年三月一四日の三回にわたり、西尾らとともに本件政治団体の代表者岡島方に赴き、同人に対し会計報告や会計上の処理の相談を行っていること、〈3〉 本件収支報告書における判示虚偽記入についても、平成六年三月一四日に東大阪市役所秘書課において西尾から相談を持ち掛けられ、更に、同日前記岡島方に三回目の報告に赴いた折りに、岡島とともにこれに対し暗黙裡に承諾を与えていること、〈4〉 更に本件収支報告書の提出に先立つ平成六年三月二〇日ころには、辻井が持参した本件収支報告書(同報告書末尾の宣誓書の「会計責任者の氏名」欄等には当時既に被告人において「森本」名の記名・押印をしていた。)について、森本は、同報告書の虚偽の記載内容や同人名の記名・押印の代行の点も含め、その作成・提出に最終的に承諾を与えたこと、以上のような諸事情が認められるのであって、これらの諸点を総合的に考察すると、確かに、森本の役割は名義上の会計責任者の域に止まっていたとはいえ、同人名義で提出された本件収支報告書は虚偽記入罪における収支報告書としての法適合性に欠けるところはないというべきであって、右の点を理由として構成要件該当性がないという弁護人の主張は採用することができない。

二  被告人の故意と共謀について

1  弁護人は、(1) 被告人は、本件政治団体の関係では辻井の指示に基づき機械的な単純作業をしていたに過ぎないから、本件収支報告書の内容についても、その記載内容が虚偽であることの具体的認識を欠いており、虚偽記入罪の故意が認められない、(2) 検査官は、本件虚偽記入の謀議が平成六年二月の中、下旬ころ東大阪市役所秘書課の応接セットにおいて被告人を含む四名の共犯者間で行われた旨主張するが、右主張にかかる謀議は、その共謀者の範囲、共謀の日時・場所のいずれについても極めて茫洋としていて特定できていないばかりか、その具体的内容についても種々不自然・不合理な点があり、結局右共謀は捜査検事の作出した空虚なものに過ぎないと認められるから、被告人には本件虚偽記入についての共謀が存しない、(3) 仮に被告人に本件虚偽記入に関し何がしかの関与が否定できないとしても、被告人と他の共犯者との親密さや上下関係、検察官主張の謀議への被告人の関与度、本件犯行を行うことにより得られる利害などの諸点に鑑みると、被告人には同罪の共同正犯ではなく、従犯が成立するにすぎない旨主張する。

2  よって検討するに、まず、本件収支報告書を現実に作成したのは被告人であること、そして、本件収支報告書の記載内容のうち、本件政治団体の平成五年分の収入総額については、その実際額が五四六九万九五八八円であった(なお、本件政治団体の寄附金受入れの後記六口座には、平成五年九月以降同年一二月末までの間に、合計六七三七万九五八八円の入金があったが〔警察官作成の捜査報告書(検四六)〕、このうち、捜査段階において寄附金振込人の裏付けが取れた金額は右五四六九万九五八八円であったことが認められる〔警察官作成の捜査報告書二通(検四七、四八)〕。)にもかかわらず、これが二九九三万円であった旨圧縮された虚偽の記載となっていること、以上の各点については前掲各証拠により客観的に明らかであり、被告人・弁護人においても特に争わないところである。

3  そこで、被告人が本件収支報告書の収入総額を記載するに当たり、これが圧縮された虚偽の金額であることの認識を有していたかがまず問題となるが、この点については、被告人自身、捜査段階のみならず、第三回公判期日における被告事件に対する陳述においても、「虚偽記入のことですが、私自身内心ではそういうことがあるのではないかという思いがありました。」と陳述し(併せて、弁護人も、同期日に、「被告人としては、客観的にみて虚偽となるであろうことについて内心では概ね認識していた。」との意見を陳述している。)、未必的にせよ虚偽性の認識があったことを自認しているところである。

のみならず、前掲の関係各証拠によると、後記平成六年二月の中、下旬における西尾らとの謀議の認定を待つまでもなく、〈1〉 被告人は、辻井の指示により、本件政治団体の寄附金の受け入れ口座として、平成五年九月一三日に三和銀行東大阪支店と大阪大和信用組合本店に、同月一六日に住友銀行東大阪支店、大和銀行東大阪支店、阪奈信用金庫本店、信用組合大阪弘容本店にそれぞれ口座を開設し、その後辻井とともに右六口座の通帳・印鑑を保管して、その現金等の出し入れについては全て一人で行っていたのであるから、本件政治団体の同年度の収入総額が二九九三万円程度では到底収まらない額であること(前記のとおり、口座開設時から解約に至るまでの右六口座の入金総額は現実には六七三七万九五八八円に上るのであり、これを辻井から右六口座のうち三和銀行口座を除く五口座を解約せよとの指示が出たと被告人が供述する平成五年一二月一三日〔投票日の翌日〕以降に限定して見ても、六口座からの出金額の合計は、解約時の出金合計が二一六九万九七七〇円、辻井の指示により三和銀行の口座から中途出金した金額の合計が一七七〇万円であって、合計三九三九万九七七〇円に上り、三〇〇〇万円をはるかに上回ることになる。)を、むしろ確定的に認識していたものと推認されること、〈2〉 被告人は、平成五年一二月二四日辻井の指示により三和銀行口座から三〇〇万円を出金したが、その際、辻井から「これで出金は最後だから、三和銀行口座も解約せよ。その上で、三和銀行に新しい口座を作って、右出金額のうち七四四万円を入金せよ。」との指示を受け、同月二九日に、右指示に従い残る三和銀行口座も解約の上、同行に新規口座を開設して、右出金額のうち七四四万円を現に入金したことが認められるところ、右の辻井の指示等によれば、本件政治団体の同年度の繰越金は七四四万円を含む六口座の解約金合計二一六九万九七七〇円となるべきところ、辻井の指示に基づいて記載したと被告人が供述する本件収支報告書の繰越金は七四四万二〇〇四円に止まっているのであって、被告人としては、右繰越金額の相違からも本件収支報告書の収支記載が虚偽のものであることを認識していたものと推認できること、〈3〉 加えて、被告人が平成六年二月の中、下旬ころ辻井から具体的に指示されたという本件収支報告書の原稿作成手順は、被告人の供述によれば「通帳の残高(七四四万円)を繰越額とし、領収書の合計を支出総額にし、繰越額と支出総額との合計を収入総額にせよ。」というものであったというのであり、被告人も右指示に従い与えられた領収書の束と七四四万円を根拠に本件収支報告書を作成したというのであるが、前記のとおり繰越額として根拠不明の七四四万円を所与の前提とした上、帳簿等の資料に基づいて収入総額を確定することは全くしないまま、いわば結果から遡る形で収入総額を算出していったその作成手順自体杜撰なものであることは多言を要しないところであって、前記〈1〉〈2〉の点を加味して考えると、かつて市役所の税務畑に約二〇年間勤務していたという被告人がそのような杜撰な方法で算出された収入総額が本件政治団体の真の収入であると認識していたとは到底考えられないこと、〈4〉 右〈3〉の作成手順で被告人が収支を計算したところ、支出総額が二二四八万七九九六円、収入総額が二九九二万七九七六円、繰越額が七四四万円となり、一口五万円単位で寄附を受け付けているのであるから本来端数が出ないはずの収入総額に端数が出て、逆に本来端数があってしかるべき繰越額に端数が出ない結果になり、それ自体不自然な収支内容になったが、被告人はそのまま収支報告書の原稿に記載しこれを辻井に交付しておいたところ、平成六年三月中旬ころ辻井から清書を依頼されて再び帰って来た右原稿では、支出総額は前と同じであったものの、収入総額は二九九三万〇〇〇〇円に、繰越額は七四四万二〇〇四円にそれぞれ変更されて体裁良く修正されていたのであって、被告人としても、最終的に右原稿を清書して本件収支報告書を作成するに当たっては、右の各数字が根拠のない辻褄合わせのものであることを明確に認識していたものと推認されること、以上の諸事実を認めることができるので、これらを総合して考えれば、被告人が本件収支報告書を作成するに当たり、その内容、殊に収入額が虚偽であることを確定的に認識していたものと認めるに十分である。

4  更に、被告人と西尾らとの共謀の存否について検討するに、西尾及び大橋の前掲の各検察官調書は、いずれも具体的かつ詳細で迫真性があるほか、些細な点はともかく核心部分では互によくその内容が符合しており、十分信用性を認めることができる(これに対し、西尾の自己の被告事件及び本件での各公判供述は、若干の記憶の減退が認められ、やや供述回避的な姿勢も窺われるものの、大筋では右各検察官調書の内容を維持しており、概ね信用するに足るものであるが、他方、大橋の自己の被告事件及び本件での各公判供述は、明らかに自己とそのかつての部下であった被告人を庇う姿勢が見受けられ、前記各検察官調書に反する部分は信用することができない。)ところ、右西尾及び大橋の各供述等によれば、西尾、大橋、辻井及び被告人の四名は、平成六年二月の中、下旬ころ、東大阪市役所秘書課の大橋の机と被告人の机との間に置かれていた応接セットの席において、相談の上、本件政治団体には実際には五〇〇〇万円を超える収入があったにもかかわらず、後記「量刑の理由」中で認定しているような動機の下、選挙管理委員会に提出すべき収支報告書には右収入金額を三〇〇〇万円以下に圧縮した虚偽の記載を行う旨の謀議を遂げ(以下、これを「本件謀議」という。)、その後、本件政治団体の代表者岡島と会計責任者森本には翌三月一四日に西尾においてその旨説明の上、前記のとおり両名から承諾を得、もって右両名との間でも順次共謀を遂げた事実を優に認定することができる。

5  これに対し、被告人は、捜査・公判を通じ一貫して、西尾らと本件謀議を行った記憶はない旨供述し、弁護人も、(1) 検察官において共謀の日時を特定できていないのは、本件謀議が空虚なものであることの証左である、(2) 毎日多人数の訪問者のある秘書課で、かつ、他の職員との間を遮断する物もない右応接セットにおいて本件謀議を行うとは常識では考えられない、(3) しかも、捜査段階における関係者の供述は、当時同場所には応接セットが一組しかなかったことが前提となっているが、実際は応接セットが二組あったのであり、これこそ本件謀議が架空のものであり、捜査検事において作出したものに過ぎないことの現れである、(4) 平成五年年末の時点で辻井が七四四万円のみ新規口座に残すよう指示したことは、その時点で既に繰越金額が確定していたことを意味し、検察官主張の時点よりはるか以前に被告人らとは別の者が既に虚偽記入の大綱を決定していたことを意味するなどと縷々主張している。

しかしながら、〈1〉 本件謀議が平成六年二月の中、下旬ころ東大阪市役所秘書課の前記応接セットで行われたという点に関しては、西尾・大橋ともに自己の被告事件及び本件の各公判供述においても概ねこれを維持しており、本件謀議が全く架空のものでないことはこれにより既に明らかである上、〈2〉 謀議の日時については、捜査段階において、西尾らが記憶喚起の手掛かりとなるべき客観的証拠を示された上、可能な限り特定した結果が右のある程度幅のある特定になるに至ったに過ぎず、謀議の存在に疑問を抱かせる程に漠然たる特定というには当たらないから、右(1)の主張は理由がなく、〈3〉 右(2)(3)の主張に指摘の謀議の場所の点については、ⅰ 西尾の検察官調書〔検一五七〕添付の資料2の図面、大橋の検察官調書〔検一六四〕添付の資料四の図面、被告人作成の平成六年三月三一日現在の秘書課配置図〔弁五。以下「被告人作成の配置図」という。〕、第七回及び第九回各公判調書末尾添付の図面(西尾、大橋各作成のもの)等を総合すると、本件謀議が行われたという応接セットは、秘書課の最も奥まった場所にある大橋の机のすぐ横にあり、秘書課課員が来訪者と応接する秘書課入口のカウンターからは比較的見えにくい場所に位置していること、ⅱ 確かに右応接セットと被告人以外の秘書課課員とを遮断するような衝立等の遮蔽物はなかったものの、前掲の関係証拠によると、右秘書課においては、平成五年七、八月ころから被告人を含む前記四名がしばしば本件政治団体の設立準備のための相談等を繰り返し、西尾や辻井らは他の秘書課員にも馴染みであったことに加え、当時は、被告人や大橋のみならず他の秘書課員もまた、被告人らの指示の下、現職市長を支持する態勢にあったことが認められるから、何ら遮蔽物がないのに、被告人らが前記応接セットで平然と本件謀議を行ったとしても必ずしも不自然ではないこと、ⅲ また、確かに被告人作成の配置図(平成六年三月三一日現在のもの)には大橋の机の横に応接セットが二組記載されており、捜査段階で西尾や大橋が作成した前記各図面には応接セットが一組しか記載されていないのと対比して、食い違いがあるとはいうものの、仮に被告人作成の配置図が正確なものであったとしても、捜査段階で西尾や大橋が作成した右各図面に記載された応接セットの位置と被告人作成の図面に記載された応接セットの位置との間にはさほどの差異はない上に、被告人の公判供述によると、平成六年四月以降二組の応接セットの内の一組が撤去されたというのであるから、西尾や大橋が同月以降の秘書課の机等の配置を基にし、本件謀議当時も同様であったものと勘違いして右各図面を作成したとしても、右のような記憶喚起の誤りは、右両名の供述の信用性に疑問を生じさせるようなものではないと解されること、などの事情を考え併せると、弁護人の前記(2)(3)の主張も理由がないし、〈4〉 更に、弁護人の主張(4)の点については、確かに、辻井がなぜ七四四万円という金額を新規口座に入金するよう被告人に指示を与えたのか、辻井亡き今となっては不明であるというほかないが、かと言って、弁護人主張のように虚偽記入の企てが既にこの時点でなされていたことを窺わせる証拠も他に存在しないし、また仮にそのような企てが既に存していたとしても、本件謀議の存在を否定する根拠にはならないから、結局右(4)の主張も当を得ないものというべきであり、本件謀議の存在を否定する被告人の供述も、右各諸点や前記西尾らの反対供述に照らし、信用することができない。

6  以上によれば、被告人が本件謀議により虚偽記入の共謀を遂げた上、確定的故意の下に、本件収支報告書に対する前記虚偽記入の実行行為を行ったことを認めるに十分である。

なお、弁護人は、前述のとおり被告人の関与は幇助の域を出ない旨主張しているが、すでに認定したとおり被告人自身本件謀議にも加担し、本件虚偽記入の実行行為に及んでいる上、前掲の関係証拠によれば、被告人は、本件政治団体の設立届や規約も作成し、前記六口座を開設して同口座への金員の出し入れも一手に引き受けていたほか、本件政治団体の各種案内文作りや印刷発注等の手続、案内文の宛名書き等の作業も担当するなど、本件政治団体において単なる機械的作業の域を超えたかなり重要な役割を演じていたことを認めることができるのであって、これらの事情をも考慮に入れると、弁護人の従犯の主張は到底採用できないと言うべきである。

7  よって、弁護人の前記主張は全て理由がない。

(法令の適用)

一  被告人の判示所為は、平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法(以下、単に「刑法」という。)六〇条、平成六年法律第四号附則七条により同法による改正前の政治資金規正法二五条一項、一二条一項に該当する。

そこで、当裁判所は、後記「量刑の理由」において説示する情状により、法定刑の中から禁錮刑を選択の上、被告人を禁錮八か月に処するとともに、刑法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から三年間この刑の執行を猶予することとした。

二  被告人には未決勾留の期間があるので、刑法二一条を適用して、その日数のうち一二〇日をこの刑に算入する。

三  訴訟費用(証人費用)が生じているので、刑事訴訟法一八一条一項本文により、これを被告人に負担させる。

(量刑の理由)

本件は、東大阪市役所市長公室秘書課長の公職にあった被告人が、本件政治団体の幹部らや市役所の上司と共謀の上、本件政治団体においては平成五年中に同市の指名業者等から五四六九万九五八八円の寄附を受けて同額の収入があったにもかかわらず、選挙管理委員会への同年分の収支報告書を提出するに当たり、その収入総額を二九九三万円に圧縮記載してその旨の虚偽記入を行ったという事案である。

まず、被告人らの本件犯行の動機は、もともと本件政治団体の実質上の設立目的が市長選挙の資金集めにあったところ、その後の活動資金の支出に際し、領収書の取れない金員の支払い等に利用したいということと、多額の寄附金を集めたという事実自体を秘匿したいということにあったのであり、このような動機は、政治資金の収支の公開によって政治活動の公明と公正を確保しようとする政治資金規正法の趣旨・目的に全く反するものであって、到底容認されないものである。

また、本件で被告人らが秘匿した金額は二四七六万九五八八円もの多額に上っているところ、その秘匿の態様は、架空の支出総額の大枠を決めた上で、その支出額に見合うように領収書を選択し、実際の寄附金総額よりも少ない収入額に調整して収支報告書に記載したというものであり、計画的で悪質である。

加えて、被告人は、政治的中立を保持すべき公務員の職にありながら、市長選挙の資金集め等を目的とする本件政治団体の事務の一部を担当し、前記のとおり、設立届や規約の作成、口座の開設、同口座への金員の出し入れ等の重要な役割を果たしていたほか、本件収支報告書に対する虚偽記入の実行行為をも担当したものである。

そして、このような被告人らの犯行は、殊に現職の市幹部職員が深く関与していたという点においても、東大阪市民に市政に対する不信感を抱かせたものであり、その社会に及ぼした影響にも看過できないものがある。

そこで、以上に述べたような本件犯行の動機・態様、被告人が共犯者間で果たした現実の役割、本件犯行が社会に与えた影響の大きさ等の事情に加え、被告人は、当公判廷において不自然・不合理な弁解を繰り返したり、自己を被害者扱いしたりするなど、その犯行に対する反省の情を看取し難いことをも併せ考えると、被告人の刑事責任は重いと言わねばならないが、他面において、被告人にはこれまで前科前歴がないこと、本件により禁錮刑の言渡しを受けこれが確定すると、地方自治法二八条四項、一六条二号の趣旨に鑑み、被告人が地方公務員の職を失うことがあること、裁判所による保釈許可決定はなされていたとはいえ、被告人がかなり長期間勾留されたことなど被告人のために酌むべき事情も認められるので、これらの事情を総合考慮し、併せて共犯者の処分結果をも彼此勘案して、主文の刑を量定するに至った次第である。

(検察官求刑 禁錮八か月)

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